東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4605号 判決 1978年2月21日
原告 新井きよ子こと 尹点用
右訴訟代理人弁護士 中野公夫
同 星野タカ
同 大川育子
同 大治右
同 吉田雅子
右訴訟復代理人弁護士 藤本健子
被告 南原貞淑こと 千貞淑
右訴訟代理人弁護士 糸賀了
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
「被告は原告に対し、一四四万三、七五〇円およびこれに対する昭和四二年三月四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言の申立。
(被告)
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、自らが講元となり、被告ら十数名を講員とするつぎのような要領による講を開講した。
(一) 一口の掛金および掛回数を定め、講員は毎回の掛金を講開催日に支払う。
(二) 第一回の開催日には、講元が第一回の掛金をいわゆる親取りとして取得し(実際には、毎講開催日に落札金員から一口の掛金額相当の金員を取得する方法によって分割回収される。)、その際、合わせて第二回の掛金および講元主宰のこれに対する入札(第一回の入札ということになる。)が行なわれ、最高放棄額を申出た者(最高額で入札した者)が落札する。落札者は第二回の掛金総額から放棄額を控除した金額から更に前記親取りの一口の掛金相当額を差引かれた金額の支給を受け、放棄額はいわゆる割戻金(配当金)として、口数に応じて講員に平等に分配される(ただし、この手続は、実際には、一口毎に割戻金を控除した額が掛金として徴収され、そこから親取りの一口掛金分を講元が控除して落札者に交付される。)。
(三) 第二回の開催日以降も右要領で入札、掛金の徴収等が行われ、最終回は入札がなく、それまで落札しなかった者が当初取り定めの一口当りの掛金総額から親取り分を控除された金額を取得する。したがって、最終回には講員に対する割戻金はない。
(四) 講元は掛金の支払を怠る講員があっても、落札者に対する落札金額の支払義務を免れることができず、また講の継続が不能となった場合には、講員の掛金の返還に対する責任についても講元が負う反面、落札した講員は落札金額とすでに支払済みの掛金との差額を講元に返還する義務がある。
しかるところ、被告は、原告の開講したつぎの(イ)ないし(ハ)に加入し、いずれもつぎのとおり落札したが、同講はいずれも昭和四二年三月三日までに継続不能となった。
番号
(イ)
(ロ)
(ハ)
1
講開催日
昭和四一年六月三日から
昭和四二年一一月三日まで
毎月三日
昭和四一年七月二二日から
昭和四三年二月二二日まで
毎月二二日
昭和四一年一〇月三日から
昭和四三年五月三日まで
毎月三日
2
態様
一口五万円の一八回掛、
一組一六口の二組構成
一口一〇万円の二〇回掛、
一組二一口の五組構成
(内一組のみ二二口)
一口一〇万円の二〇回掛、
一組二一口の四組構成
3
被告加入口数
各組一口、合計二口
二一口組の二組に各一口、
合計二口
二組に各一口、合計二口
4
被告落札日および金額
(1)一口分につき第三回講開催
日の昭和四一年八月三日
三七万五、七五〇円
(2)他一口分につき第九回講開催日の昭和四二年二月三日四五万円
一口分につき第五回講開催日の昭和四一年一一月二二日五二万九、〇〇〇円
一口分につき第三回講開催日の昭和四一年一二月三日五〇万四、〇〇〇円
5
被告取得金額
右(1)および(2)につき各親取り分五万円を控除した合計七二万五、七五〇円
親取り分一〇万円を控除した
四二万九、〇〇〇円
親取り分一〇万円を控除した
四〇万四、〇〇〇円
6
被告が支払った掛金
別表(一)記載のとおり
合計四一万一、九〇〇円
別表(二)記載のとおり
合計三五万五、八〇〇円
別表(三)記載のとおり、
合計二一万六、〇〇〇円
7
被告が返還すべき金額
右5と6の差額の
三一万三、八五〇円
右差額の七万三、二〇〇円
右差額の一八万八、〇〇〇円
したがって、被告は原告に対し、右(イ)ないし(ハ)の各講において、被告が取得した金額から被告が掛金として支払った差額の合計額たる五七万五、〇五〇円の返還義務がある。
二 原告は、被告が講元として前記要領により主宰したつぎの(イ)ないし(ハ)の頼母子講に、つぎのとおり加入して掛金を支払ったが、同講は、原告が一口も落札しないうちに、昭和四二年三月三日までに継続不能となった。
番号
(イ)
(ロ)
(ハ)
1
講開催日
昭和四一年六月一五日から
昭和四三年一月一五日まで
毎月一五日
昭和四一年八月一八日から
毎月一六日および三日
昭和四一年一一月三日か
毎月三日
2
態様
一口一〇万円の二組構成
一口三万円の二組構成
一口一〇万円の二組構成
3
原告加入口数
各組一口、合計二口
各組一口、合計二口
各組一口、合計二口
4
原告が支払った掛金
別表(四)記載のとおり
合計四五万四、七〇〇円
別表(五)記載のとおり
合計一七万九、〇〇〇円
別表(六)記載のとおり、
合計二三万五、〇〇〇円
したがって、被告は原告に対し、右(イ)ないし(ハ)の各講において、原告が掛金として支払った合計額たる八六万八、七〇〇円の返還義務がある。
三 よって、原告は被告に対し、右一および二の合計一四四万三、七五〇円およびこれに対する右各講が継続不能となった翌日たる昭和四二年三月四日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の答弁および抗弁)
一 答弁
原告主張の請求原因一ないし三は争う。
二 抗弁
(一) 本案前の抗弁
1 原告主張の講はいずれも昭和四二年三月頃解散となり、その際原被告らを含む講当事者全員の間で、右講に関する債権債務を凍結し、互に一切争わない旨の不抗争の合意が成立したものであるから、本件訴えは不適法として却下されるべきである。
2 また、右講は講員全員の合意により解散となり、清算手続を経ることなく消滅したのであるから、少くとも原告を講元とする部分の請求(請求原因一)については原告に当事者適格がない。
(二) 本案に対する抗弁
1 本件講はいずれも公序良俗に違反し、無効である。すなわち、
本来、講は庶民相互の協力により講員全員の福祉の向上を図り、もって社会の健全な発展を目的とするものであるが、本件講は、講元および講員の資格、講金受領の要件、掛金怠納者に対する措置、講元の権限、講継続が不能となった場合の処理方法等の基本的事項はもとより、掛金、割戻金等も一定していないものであり、しかも、落札制であるので最終回に落札する者は他の講員に比べて異常な利益を得るため、極めて賭博性の強い性格のものであり、それ故、在日朝鮮人を中心とする幾百、幾千という人が一獲千金を夢みて、或いは講元に、或いは講員として、同時に無数の講を開催或いは加入したものであって、本件講には講員相互間の金融の便宜を図る等の福祉的目的はなく、専ら勤労意欲を喪失させ、日々講にうつつをぬかせること自体を目的としたものである。したがって、本件講は善良な風俗に違反する無効なものというべきである。
2 仮りに然らずとしても、原告の本訴請求は権利濫用というべきである。すなわち、
本件講の講金は各講員が掛けたものであるから、その清算をするならば、講員全員の利益のために、講員全員によって解決されるべきものであるが、当時の講員は、その後雲散霧消し、各講員の所在が不明になっているため、そのような清算が不能であるのに、原告は居所の明らかな被告に対し、八年も経過したのちに、しかも当初は貸金と称して本訴請求に及んだものであるから、原告の本訴請求は権利濫用として許されないものである。
3 本件講は、前記のとおり、福祉ないし親睦を目的とするものではなく、営利を目的とするものであり、講元と講員との間の契約によって成立するものであるから、相互銀行法二条一項一号に該当する契約というべきであり、しかも、当時これらの講は集団的反覆的に累行されたものであるから、商行為に該当し、したがって、この講契約に基づき発生した原告主張の本訴請求債権は、いずれもその弁済期たる昭和四二年三月四日から五年を経過した時点において時効により消滅した。そこで、被告は、昭和五二年一二月二一日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右消滅時効の完成を援用した。
(抗弁に対する原告の答弁)
一 本案前の抗弁について
被告の本案前の抗弁1および2は争う。殊に原告の本訴請求は、請求原因一記載の要領を内容とする講契約に基づくものであるから、当事者適格がないとの被告の主張は失当である。
二 本案に対する抗弁について
(一) 本案に対する抗弁1は争う。
(二) 同抗弁2は争う。
(三) 同抗弁3は争う。本件講契約は商行為に該当しない。
すなわち、相互銀行法における相互銀行業を営むには、大蔵大臣の免許を受けなければ商人たる資格を取得せず、したがって、同法二条一項一号に該当するからといって、商人の行為ということができない。また、右講契約は、商法五〇一条にいう絶対的商行為でもなく、同法五〇二条にいう営業的商行為にも該当するものではない。したがって、右契約上の債権たる原告主張の本訴請求債権の消滅時効は、一般の民法上の債権の消滅時効たる一〇年である。
第三証拠関係《省略》
理由
一 まず、本案前の抗弁について判断する。
被告は、原告主張の講に関する債権債務について原被告らを含む講当事者全員の間で不抗争の合意が成立した旨主張する。被告主張の趣旨がいわゆる不起訴の合意の趣旨か、自然債務とする合意の趣旨かはさて置き、いずれにせよ被告主張のような不抗争の合意が成立したとの事実は本件全証拠によっても認めるに足りないから、この点に関する被告の本案前の抗弁は採用することができない。
また、被告は、原告を講元とする部分の請求に対する本案前の抗弁として、原告主張の講が原被告を含む講当事者全員の合意によって解散となり、清算手続を経ることなく消滅したものであるから原告には当事者適格がない旨主張する。その主張するところの意味は必ずしも明らかではないが、原告の主張するところは講元と講員との間の講契約上の債務の履行を求めているのであるから、原告適格に欠けるところはなく、また、原告主張の講が被告の主張するように講当事者全員の合意により解散し、消滅したとの事実は本件全証拠によっても認められず、むしろ、《証拠省略》によれば、原告主張の講は昭和三九年から昭和四二年三月頃にかけて主として神奈川、東京地区在住の韓国人主婦らの間に流行した講と同種であり、それら一連の講との関係において成立したものであって、それらの講において掛金等の債務の支払をしない者が出たことから混乱が生じ、連鎖的に継続不能となったものであり、合意によって解散したものではなかったことが認められるから、被告主張の右本案前の抗弁はいずれにせよ採用することはできない。
二 そこで、原告主張の請求原因についてみるのに、《証拠省略》によれば、原告主張の請求原因一および二の各事実の全部を認めることができ、この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
三 つぎに、被告の本案に対する抗弁について順次判断する。
(一) 公序良俗違反の抗弁について
《証拠省略》によれば、本件講を含めて前記韓国人主婦らの間に流行した講は、いずれも財産的利益を目的として、或いは講元となり、或るいは講員となって成立したものであり、なかには財産的利益を追及する余り、前後の見境なく、講元となって多数の講を開き或いは多数の講口加入して落札する者がいたことから前記のとおり混乱が生じ、講が連鎖的に継続不能となったことは認められるが、それより進んで、被告の主張するように、本件講の内容が極めて賭博性の強い性格のものであり、また、その目的が専ら意欲を喪失させ、講にうつつをぬかせること自体にあったとの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、他に本件講が公序良俗違反であるとまで断ずるに足りる証拠はない。したがって右公序良俗違反の抗弁は採用できない。
(二) 権利濫用の抗弁について
被告は、本件講の講金は各講員が掛けたものであるからその清算をするなら講員全員の利益のために講員全員によって解決されるべきものである旨主張するが、《証拠省略》によれば、本件講は講元と講員との間の契約により成立し、その間において金員の授受等がなされ、講員相互間においては直接契約関係はなく、すべて講元を通じてのみ関係を持つに過ぎないことが認められるから、被告の権利濫用の主張はすでにその前提において認めることができないし、また、他に、本件全証拠をもってしても、原告の本訴請求が権利濫用であることを窺わせるに足りるような事情も認めることはできないから、この点の被告の抗弁も採用することができないといわなければならない。
(三) 消滅時効の抗弁について
本件講が昭和三九年から昭和四二年三月頃にかけて主として神奈川、東京在住の韓国人主婦らの間に流行した講と同種のものであり、それらの講との関係で成立したものであること、右講は、本件講を含めて、前記請求原因一(一)ないし(四)の要領でなされ、その講元はかなり重い責任を負う反面、第一回掛金全額を納めることができ、また、講員も落札しなかった場合には最終的に相当の金額を取得し、落札した場合にも一時にかなりまとまった金員を取得できる仕組になっているため、財産的収益をあげる目的で、同時に多数の講に加入するとともに自らも講元となって講を開いて講員を募集し、自己の責任において前記要領をもって講を運営していたこと、原被告を講元とする本件講もその例外ではなく、原被告とも自らの発意に基づき右のような目的をもって講を開き、或いは講に加入していたものであること、右講と同様本件講も講元と講員との間の契約により成立し、その間において金員の授受等がなされ、講員相互間において直接契約関係がなく、講員相互間の関係はすべて講元を通じてのみ関係があるものに過ぎないことは、前記のとおりであって、これらの事実関係よりすれば、本件講が無尽業法一条にいう無尽に該当することは明らかであり、また、原被告が講元となった本件講はその目的、態様から推して営業としてなされたものと認めるのが相当であるから、原告の主張する本訴請求債権はいずれも商行為によって生じた債権というべきであり(無尽業法二条参照)したがって、その履行期たる昭和四二年三月四日から五年を経過した時点において時効により消滅したものといわなければならない。
そして、右消滅時効の中断の点についてなんら主張立証のない本件においては、被告主張の消滅時効の抗弁は理由があり、したがって、原告の本訴請求は失当として棄却を免れないものといわざるをえない。
四 よって、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 海保寛)
<以下省略>